日常生活の中に神聖なる意識を見出す

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ステファニー・ラウニウ

私にとって、祖先が1000年以上も暮らしたハワイに生まれたことは、天の恵みだと、いつも感謝しています。

40世代前の祖先がカヌーで辿り着いた、太平洋の真ん中の火山島。彼らはどこから来たのか、なぜ何千キロも海を渡って、未知の場所へたどり着いたのかは、長い時間の間に忘れられてしまいました。

祖先が生きた古代社会では、自然を尊び、神はあらゆる所に在り、全てのもの、つまり木や花だけでなく、岩や大地、砂や虹にも命が宿ると考えられていました。そして、地球と人間の関係は対等であり、意志を通わせる関係でした。大洋によって、他の文明と切り離されていた古代のハワイ人は、あらゆるものに神を見出していました。

私たちも「富士宣言」の価値観で生きるならば、自らの神聖なる意識を見つけ出し、尊重することが必要です。富士宣言には、「生きとし生けるものは多様でありながら、一つにつながっていることを認識し、全ての生命を尊重し、いきいきと活かすこと」と述べられています。

では、私たちは、どのようにしたら日常生活の中で「富士宣言」を実践できるでしょうか。
まずは、自らに宿る神聖なる意識を認め、それに感謝をすることです。この行為は、あなたにとって奇跡であり、あなたを特別にするものであり、あなたの人生の目的であり、存在理由であり、命ある限りすべきことです。

また、他者の中に宿る神聖なる意識に気づく必要があります。愛する者であろうとなかろうと、知り合いであろうとなかろうと、職場の上司、騒がしい隣人、雑貨屋の店員、ホームレス…、全ての人に神聖なる意識は存在しています。私たちは、他者の神聖なる意識を称えることで、全ての人の尊厳、自由、幸せを認めることができます。

そして、最後に、あらゆる生命と自然の中に神聖なる意識を認めなければなりません。今日、私が洗い流した足の砂は、遠い昔、祖先がカヌーを止めた岸の砂の一粒かもしれません。私の鼻の先で跳ねた雨粒は、雛鳥にエサを運ぶ母鳥の喉の乾きを潤したかもしれません。私が愛するピンクとラベンダー色の美しい夕陽は、姉が2時間前にカリフォルニアのキッチンから見た夕陽です。

こうして考えると、日常にありふれたものなどないことに気づきます。全ては奇跡なのです。私たちの神聖なる意識は、聖なる性質に由来し、宇宙の偉大さに由来します。私たちの神聖なる意識が強くなるにつれ、私たちは、人々の神聖なる意識を点火します。

人々と神聖なる意識を共有するために、なんでもいいので一つ、できることから始めてみませんか。

By: Stephanie Launiu
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